さて、今回、癒やしのポイントとして取り上げるのは、倉敷市・美観地区。なあんだ、定番中の定番観光スポットではないかと指摘するなかれ。目的地は、観光客で賑わう大原美術館のすぐ近く。それはそれは心落ち着けることのできるおすすめ施設があるのです。
倉敷民芸館。場所は大原美術館すぐ近く。美術館沿いの掘り割りを歩いていると、遠慮がちに掲げられた看板が目印です。
ところで「民芸」とは、民衆的工芸品を意味する造語。柳宗悦(やなぎむねよし)によって大正時代に提唱された美術運動。暮らしの中に「用の美」をたたえた上質な日用品を取り入れることで、暮らしをより豊かにし、今日的言葉で「心の癒やしを大切にしましょう」という運動が民芸運動と呼ばれるものです。
この「民芸」および「倉敷民芸館」は、大原美術館を開設した大原孫三郎・總一カ親子と深い関係にあります。柳宗悦の理念に深く共感した大原總一カ氏は、東京駒場に日本民芸館の建設を支援すべく、建設費用を全額寄付。その後、全国で二番目となる民芸館を倉敷に建設。江戸時代に建てられた米蔵二棟を寄贈して改築してできたのが現在の建物です。
さて、前置きはそのくらいにしてさっそく入館してみましょうか。入館料は700円。大原美術館の賑わいとは裏腹に、倉敷民芸館の人影はまばら。日用品の美、という地味なテーマだから致し方ありませんが、何より、まわりに気兼ねすることなく、ゆっくりと時間を過ごすことができるのがいい。展示されているのは、各地で収集された庶民のための器やかご、調度品、布製品、ガラス器など。年配の方が見れば、どれも懐かしく、一方、若い人が見れば、かっこよさとか洗練性とは対極にある<手作りの温かさ>に気づくはず。米蔵をそのまま使った内装や、装飾を排した展示と相まって、心落ちつきます。ギシギシと鳴る、使い込まれた木の床もまた魅力。民芸の美を全身で感じることができます。
ゆっくりと見学して建物の外に出ると、石仏も数体。一通り見学して受付に戻ると、各地の手作り品を集めた民芸品コーナーがあり、ここで、倉敷で作られた手まりを購入。
綿糸を堅く巻いた手まりなど、今どきの子どもには無縁の存在でしょう。昭和の半ば頃までは、母親が子どもに手作りのおもちゃを与えるのが普通でした。それらひとつひとつの造形には、我が子への深い愛情が込められていました。色、形、手触りに、かつて存在した、手作りおもちゃの温もりが手のひらに伝わってきます。
民芸の美はなにも、古びたものだけに宿っているのではありません。現在使われている日用品にも、作り手側の、使う人を思って作られた造形に、用の美を感じることができます。毎日使うものは、自分が本当に気に入った、使えば使うほど愛着のわく、いわば、癒やしを与えてくれるような品々と出会いたいものです。
昔は何もかもが手作りで、暮らしに役立つことを願って生まれた造形の中には美が宿っていました。これが「民芸」の視点。
時代が変わって、あらゆるものが工業化により量産されていますが、供給する側の、人々の暮らしや社会のお役に立ちたいと願う心意気は現代も変わりません。
じつは、私たちが生産している機械部品にも、精度を極めていく中で「機能美」「造形美」といったものが生まれます。これは現代におけるものづくりがもたらした美であり、民芸に通じるものがあると言ってもいいでしょう。
一途なるものづくりには美が宿る・・・。民芸のほっこりした美に触れつつ、こんなことを再認識した倉敷訪問となりました。